1585. 1円を笑う者は1パンチラに泣く

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この世に生を受けた当時、こんなにチラチラとパンチラを見られるとは、思ってもみなかった。オレも昔から「見えそうで絶対に見えないノーパンチラ」の方がエッチであると提唱してきた生っ粋のチラリストだったから。だから見えそうで見えないミニスカートに目を奪われる文化が、今も深く根付いている。

今でこそミニスカートに優しい世界情勢。だけどスケバン刑事が全盛期の頃は、女子中高生に「ロングスカートの壁」があったものだ。それを越える者はたいてい、手練のレースクイーンか、世に謳うグラビアアイドルか、マニア受けするノーパンしゃぶしゃぶ店員だった。

オレより昔のチラリズム事情を知っている方は、きっと『スケ番あらし(車田正美先生作)』を言及するんだろう。更には『女番長ブルース 牝蜂の挑戦(池玲子主演)』を知るロンスカの草分け的存在が登場しても、如何ほどもおかしくないと思う。だって、せいぜい30年チョット前の話だから。

世の中には物価って概念があって、これはチラリズム業界でもきっと同じで。土地や株や金に「その時の価格」があるように、チラリストにも「パンチラの物価」があると思う。

昨今の女性の社会進出は激増の時勢。パンチラ観賞整備は大躍進。メディアの各種パンチラサービスも著しく進化を遂げた。いわば、「パンチラ国が人口爆発して、色んな場所から安価で素早く入国する関所ができて、交通機関も道路整備も革命が起こった」的な場所なんだよなあ。

パンチラ国にWebページやブログの『マイホーム』を構える住人にとって、パンチラとは例えば『金』のようなもの。そしてこの「パンチラ」の物価は、日毎に低下し続けている。今の週刊少年雑誌から見られる「食傷気味の100パンチラ」は、あの頃の「PTAの弾圧を押し切った1パンチラ」にも満たないんじゃなかろうか? と、野暮なことを考えてしまう。

あの頃目標にしていた「深夜番組にこっそり観るギルガメッシュナイトのパンチラ*1」も、今のメディアなら一月余りでそれに達する。それでもなお、「あの頃に『おとなのえほん』が頑張ったパンチラ*2」に届かない気がするのは、単なる懐古心からか。費やしたノーパンチラ研究の差異か。それとも、今ここで見るパンチラが虚しいだけか。

だけど、「パンチラ」の価値が低下するワケじゃない。あの頃の1パンチラも、今日の1パンチラも、同じ「1人の可憐な女の子」が落としてくモノ。そんなところに思いを巡らせると、たった1gのアルミニウムも、笑えなくなりました。

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*1:パンチラどころの騒ぎじゃない!

*2:はい、お姉さん読者はどっ引き!