1552. 先行感想 - みえるひと 最終譚「みんなで」

先週の引きから、まさか最終回に着地するとは思わなかった、今週のひえるひと。先見せの大団円で読者へ袖を振るエピローグは、感慨無量。本編をもっとじっくり読みたかったと、今も後ろ髪を引かれます。

『心惜しさの残る引き際』を抱いたジャンプ漫画は、最近では「切法師」「べしゃり暮らし」「ユート」「武装錬金」など意外と多い。WJのメイン読者である若者達と自分の間に、大きな壁を感じます…。


明神の主張
先週、明神がキヨイに誓った、姫乃に対するちっぽけな願い。この語りがいかにも主人公らしく、だけど等身大の明神を描けている。パラノイドサーカス編の最中で、ここ一番の見せ場だったと感じる。

世界を守るとか、皆の命を守るとか、無縁断世の云々とか、大きすぎる正義をかざすんじゃない。個人主観で『誰かの日常』を守りたいという決意は、一般読者も同じ目線に立って共感できる思想だ。そんな「ごくあたりまえの思想」に帰結したからこそ、心にジンと熱く伝わるものがあった。

そこまでは良かったんだけど…。

そんで結局、皆が守りたいと言った「姫乃の学校生活」ってどんなの? という疑問点に、どうしても着地する。本編上、そんな日常は存在してない。入学式しか行ってない。本編の合間に学校行ってた? ならそれを読者に読ませるべきだよ! と強く要求したくなる。


守りたかった「姫乃の日常」って一体?
連載当初より、何度も言及を繰り返したれど、みえるひとは『日常』の描写が薄っぺらすぎた。

一話使って「姫乃が学校生活を楽しむ」息抜きのコメディ話でも描けば、姫乃という人間性の深みは、大きく違ったろうに…と悔やまれる。時に勉学に苦しみ、時に人間の友達を作り、ちょっとした楽しげな思い出を作中で表現して頂きたかった。

そうなれば、明神の願った「姫乃の日常を守る」説得力は、現実味を帯びた形で、読者の心にフィードバックしたハズだ。明神の語りは、果たしてどれだけの読者の心に説得力を伴って響いたか。この点、不安でなりません。


主役は「うたかた荘」
『非日常』を描きすぎた結果、霊とのやりとりが日常と思える域に達してしまった。学園生活こそが非日常と思えるほどに。タイトル「みえるひと」の特殊性が失われるほどに。

前回の感想でも触れたけど、『姫乃の日常性』を犠牲にしたのは、うたかた荘の皆さんの責任だ。

姫乃が非日常に飲まれたのは、彼女が『無縁断世』の存在であったことに起因する。うたかた荘の皆さんは、姫乃を守る立場にあった。その点は重々理解している。「姫乃の日常性を奪ったのは陰魄の責任」というツッコミも頂いたけれど、そう誤解されるのを承知で、これまで長らく主張し続けてきた。

『姫乃の日常』を本編で描けなかったのはなぜか? うたかた荘の皆さんの個性が強かったためだ。ジャンプ漫画は、人気票を伴わねば連載できない。人気を得るには、人気キャラのエピソードを膨らませることが大切だ。従って、漫画内部でも登場人物の弱肉強食が発生する。

うたかた荘の中で、最もニュートラルな個性だった姫乃。本編の主役格として、物語の中核をも左右する彼女は、「人気競争」に敗北した。「うたかた荘の皆さん」が、姫乃の活躍の機会を奪ったんだよね。本作がバトル漫画へ走りすぎた原因もある。戦えない姫乃とアズミは、自ずと外野へ爪弾きにされた。

岩代先生本来の売りである、非バトルモノの日常ドラマで「みえるひと」を描いていけば、姫乃という存在を一番大切にした「うたかた荘」が完成していたかもしれなくて。この一点が、惜しくて仕方ありません。本心から悔やんでいます。


明神たちの選択
明神の選択、うたかた荘勢の選択を、姫乃の「ありのままの本心」に委ねた決断は清々しい。これまで重ねて描いてきた明神の性格からも、違和感のない決定方法に落ち着いてる。他の案内屋の面々も、姫乃と一番付き合いの長いうたかた荘の決断を尊重する。なんだかんだ言って、全員の「いいひと」っぷりが微笑ましいよ。個性は強烈だけど嫌味がない。


陽魂と影魄
いつか、重要テーマとして語られるハズと期待していた『陽魂と影魄』の話。

前話、ガクがこの話題をぶり返してくれた。今後の展開を想像してメラ燃えしたけど、残念ながら今話が終着点。「陽魂=善」「陰魄=悪」という意味付けに終始した結末では、割と消化不良です。残りは脳内補完しておこうか。

陽魂と陰魄の善悪概念は、あくまで人間本意の考え方に感じる。おそらくこの境界線は、人間が引いたものと思う。ここまでは漠然と読み取れる話。ではどうして、死した霊が『陽魂と影魄』の思想に浸かり、二勢力で抗争していたのか? 陽魂・影魄の価値観は恐らく、生きた人間が定めた価値観のハズなのに。

この境界が生まれた起源や、霊が二つの勢力に別れた成り立ちなどを、岩代先生の独特の語り口調で物語って頂きたかった。今週登場した壊神の口ぶりを考えても、そのエピソードはある程度、準備されていたように感じられた。

壊神の狙い
本当はガクの言う通り『陽魂と影魄に違いなどない』のだろう。そして本作を読む限り、このボーダーは恣意的発想ではなく、作為的に仕組まれた思想であろうと感じた。つまり、世の主導権を握る人間を妬む勢力、争う勢力を、誰かが陰魄と称したに過ぎない。

あるいは、誰かが人間に争う思想を植え付けたとも勘繰られる。今週の結末を読めば、それが誰であったかも匂わせている。陰魄を裏で手引きする者の存在。それは壊神であり、もっと話を引っ張るなら、壊神を含む案内屋の一派だったのかもね。

その壊神さんについて。「命の尊さを忘れた人間を許せない」という思想から、彼なりの正義を語らせたのは上手い演出だった。これ、まだまだ和解の道は残されてるぞって暗示なんだな。その和解の末、今話のエピローグに繋がるのかと思ったりも。(壊神が雪乃を手放しているし)

みんなで
生者と死者、人間と非人間、陽魂と影魄、案内屋とパラノイドサーカス、無縁断世と一般人…。様々なかたちを通して、岩代先生は『異文化交流』を描こうとした。

この異文化間の相互理解というヤツは、作家の思想によって、幾通りもの結末を期待できる。勇者が魔王と対峙する「一本筋の勧善懲悪」とは異なり、物語性に深みが生まれやすい。で、岩代先生が下した決断は、コレに集約されていた。

『今週のテーマ 俺達がわかり合えないかどーかは やってみなきゃわからない!!』

明神達が壊神さんを口説き落としたやりとりも、パラノイドサーカスをうたかた荘に招いた経緯も、なんかもう、この一コマで納得できちゃうなあ。多くを語らず、作品性をうまく集約した素敵な言葉だと思うんだ。

この張り紙で、「みえるひと」のメッセージ性を受け容れられた気分になれたから。最後の二ページはホロリときました。