1286. THE 有頂天ホテル

三谷幸喜脚本・監督の「THE 有頂天ホテル」。もう皆さんはご覧になられましたか?


THE 有頂天ホテル スペシャル・エディション [DVD]

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『THE』の発音は『ザ』
『THE』の発音が『ジ』じゃなくて『ザ』の理由は、英語綴りが「THE WOW-CHOTEN HOTEL」だったのでした。『ザ』にしたくてわざわざ有を「WOW」にしたのか、それとも別の意図があったのかは不明。ですが、年末から昨日にかけて、ずっと脳裏に掠めていたわだかまりが、ようやく氷解しました。正月映画っぽいお祭り騒ぎを表して「WOW」なのかな?

下記、ネタバレを含む感想です。『THE 有頂天ホテル』は絶対観に行く、という方は観覧を控えて下さい。



リアルタイム・パズルドラマ
豪華ホテルの大晦日。そんな設定を耳にして、オレが一番最初にイメージしたのは「踊る大走査線の大晦日編」。あんな感じで、めちゃんこ忙しい舞台を主人公が駆け巡る物語なんだろうと、ぼんやり予想していました。甘かった。そんな観衆の予想などロケットで突き抜ける展開なのです。

THE 有頂天ホテル』では大晦日のあわただしさの表現に、なんと9つの物語をリアルタイム同時進行で繰り広げることで表現しました。大晦日には、各人に個別の特別なドラマがある。リアルなあわただしさを、見事劇中に再現してきました。

一つの高級ホテルを舞台に9つのドラマが走り回るのです。そこには当然、ある物語が別の物語のフラグを立て、トリガとなり、時には物語が合流し、また分岐し、まるでパズルのように複雑に絡み合います。この脚本は、作り込むのに苦労しただろうな。同時に、シナリオ作ってる時は、スゲー楽しかったろうな。

THE 有頂天ホテル』を観ていると、旧来の名作ゲーム『街』を彷彿とさせました。*1きっと二度目の鑑賞では、一度目では気付きもしなかった細かな仕掛けがザクザク眠ってるんでしょうね。


9つの物語
公式ページには「9つの物語」と区切りが付いていたのでカウントしてみたけど、こんな切り分けでいいのかな?

  • 副支配人・新堂平吉(役所広司)の、別れた妻への見栄
  • ベルボーイ・只野憲二(香取慎吾)の、ミュージシャンの夢
  • 客室係・竹本ハナ(松たか子)の、変装して振り回される不倫劇
  • 汚職国会議員・武藤田勝利(佐藤浩市)の、三択の決断
  • 総支配人(伊東四朗)の白塗り騒動
  • 鹿博士・堀田衛(角野卓造)の「くねくねダンス」ケータイ争奪
  • ウェイター・丹下(川平慈英)と客室係・野田睦子(堀内敬子カップルの、恋の行方
  • 洋楽歌手・桜チェリー(YOU)の、本当に歌いたい唄
  • ホテル探偵・蔵人(石井正則)の、ダグダグ捕獲依頼

一番笑ったのは副支配人パート。一番くだらなかった(褒め言葉)のは鹿博士パート。一番心に響いたのは政治家パート。一番のハートフルはボーイパート。一番物語の完成度が高かったのは客室係パート。ここには9つの物語には含めなかったけど、性格が緻密な筆耕係・右近(オダギリジョー)は完全においしいとこ取りでした。

逆に一番興味なかったのはカップルパート。ハナと同じ思いで、キミらの痴話喧嘩になんてあんまり興味ないよ…。背中にギター背負ってちょろちょろ動き回る睦子の姿は、塊魂の王子をイメージさせます。これは文句なしに愛らしかったです。、参った!


セルフカバーパロディ
笑の大学」では観衆の笑いに一体感がありました。一点狙い澄ました笑いのツボがあって、それを随所に仕掛けたのが件の脚本の特徴。しかしながら今作、個人的な体感ですが「観客によって笑い所がバラバラ」だった印象です。なぜならこの映画、三谷幸喜作品のネタをセルフカバーでパロった演出が非常に多い。

いうなれば、週刊少年ジャンプで連載中の「太臓もて王サーガ」です。作者の大亜門先生が、前作・打ち切り漫画のキャラクタを本作に織り交ぜるなど、その道のファンにとってこの上ないサービスです。「THE 有頂天ホテル」は、三谷幸喜先生がファンに向けたリップサービス映画と称してよいのではないでしょうか。

オレは『新選組!』にどっぷりの客層なので、その筋のシーンはしてやられました。その他の三谷作品はかじる程度なので、元ネタ探しは無理ッス。どちら様かの三谷幸喜ファンサイト様でお調べ下さい。

  • THE 有頂天ホテル』のキャッチコピー「お客様は家族です」は、『王様のレストラン』の名言「お客様は神様です」をアレンジか。
  • 主人公の副支配人が元妻に見栄を張ってウソをつく場面は、まんま『王様のレストラン』のパロディだとid:ioliteの偉い人からご教示頂きました。
  • 芹沢鴨を扮した佐藤浩市の武藤田に向かって、ヨーコ(篠原涼子)が「鴨食べた〜い」連呼。
    • こっ、殺されるぅ! はやく! はやく焚き火の前で土下座して!
  • 徳川膳武(西田敏行)に「このサインは価値が出る」で古畑任三郎ファイナルのパロ。パロってか時期的にコラボと称するべきかな?
  • 芹沢鴨佐藤浩市)が近藤局長(香取慎吾)をガッチリ抱きしめて感謝。ありえないシチュエーションだァァ!
  • 一般人には理解し難い芸術性に目覚める右近。仏像のようなものを彫刻する斉藤一と被ってる。
  • 憲二のバンダナの巻き方が甲陽鎮撫隊の大久保大和だー!
  • 憲二の最後の雄叫びが、局長ォォーー!!
  • ぜんぜん「新撰組!」のリハビリ役になってないよ。


良点と作中テーマ
散りばめられた笑い所はことごとく笑った。9つの物語は全てキレイに決着した。大晦日の切迫したタイムスケジュールにより無駄はない。作品全体もまとまりがある。高級ホテルという舞台背景に空気のように馴染むラウンジサウンドはシブイし心地良く、さも高級ホテル内で映画鑑賞している気分に浸れた。

なにより、大晦日から新年を迎えるになぞって「古い自分と訣別して、新しい自分に踏み出す転身」という作中メッセージは、ロマンティックでオシャレで夢がある。『THE 有頂天ホテル』は作中9割が喜劇であるにもかかわらず、締め所はシックに収めてる。年が変わる前の大晦日に、悩まず考えず頭空っぽにして、挫折から立ち上がる夢たっぷりのこの映画を観れば、きっと勇気がもらえるよ。子供から大人まで楽しめる、素敵な一本に仕上がってます。


TV特番向きの内容
ここまで良い事尽くめの感想ですが、決して満点とは言いがたい映画でした。

拭い切れない不満足な印象。それは、9つの物語が9つのエンディングを迎えるにとどまり、作中全体を取りまとめるトゥルーエンドが薄かったこと。カウントダウンパーティで__(YOU)がジャズを歌いながら、総勢23名の出演者のエンディングをチラ見せで描くんだけど、うーん、そうじゃなくてさあ…。

9つの物語のどれにも依存しない、10個目の作中エンディング。THE 有頂天ホテルのエンドを見せて欲しかったんですよ。これじゃあ、各キャラを掘り下げたキャラ売りドラマの集合体だもの。どうみてもTVドラマ向きです。本当にありがとうございました。

まるで、続きはTVドラマでお会いしましょうの、続編を予感させるノリはちょっと…。「きっちり作品を終わらせる」べき映画と、「続きを期待させる」べきTV特番。オレが感情的に引っかかったポイントは、多分ここなんだと思います。

だからこの作品、豪華舞台や豪華出演者は別にして、すごくTV特番向けだった印象が強いです。特番として放映したなら不満点ゼロでしたよ。満点評価です。*2だけど映画だもの、1800円の金を払って鑑賞して、1800円の元を取れているか? 己に問うと、そこはかとなく微妙。1000円にも到達してないんじゃない? って気分。

最後の最後まで笑いつくし、幕引きで主人公のささやかな夢が叶う。この結末は清涼感たっぷりで印象良いけど、いまひとつ物足りない気分でした。


マイベスト・キャラクター
無意味にハードボイルドすぎるホテル探偵・蔵人に心底惚れました。格好からハードボイルドに染まり、犯人特定の際には自前のラジカセまで持ち出し、ハードボイルドな音楽を流すんだもの。あそこまでいくと、一種のハードボイルドコスプレだ! しかし推理の腕は確かなところが、無垢なちびっ子から大人なオタっ子まで「かっちょいいー!!」と唸らせる所以です。


スタッフロール
スタッフロールでも笑いました。まさかダブダブの声が山寺宏一さんですか! (YOU)の唄に和訳を付いての第三次スタッフロールは、非常にニクい演出だなあ。和訳が分かってこそ、『THE 有頂天ホテル』という作品にコクが出ました。

ところで、スタッフロールも終わらないうちに席を立つ人達。毎度思うけど、君ら非常識も甚だしいよ。映画終わってないやん。まだ映画を鑑賞してる人に失礼すぎるやん。


おすすめ度
三谷作品ファンの方には手放しでお勧めします。人生を後悔せぬうちに、とっとと劇場にダッシュしやがれ三谷ジャンキーどもめ! 特に『新撰組!』ファンは押さえて頂きたい映画。あの人もこの人もどこかで見た顔ですよ。

一方、三谷作品に詳しくない人は、そこまでお勧めしません。TVの上映を首を長くして待つべき。1800円の値打ちはないもの。

*1:大都会を舞台に、複雑に絡み合う8つの物語を、8人の主人公から同時並列に進行させるAVGゲーム/チュンソフト

*2:あらゆる三谷作品をセルフカバーでパロってるから、TV特番の放映は難しいだろうけど…